「人口減少が止まらない。このままでは地域が消滅する」
全国の自治体で繰り返されるこの危機感。しかし、多くの議論が見落としている決定的な事実があります。それは「時間」という資源の枯渇です。
私はWebマーケティングを生業としていますが、地方創生の現場で感じるのは、どれだけ素晴らしい商品を作っても、魅力的な施設を準備しても、人が来なければ意味がないという冷徹な現実です。そして最終的な課題は、その地域で「商圏が成立するか」という一点に行き着きます。
なぜ「15年待てない」のか
今日生まれた子供が経済活動を始めるまで、最短でも15年かかります。出生率向上や子育て支援は極めて重要な施策ですが、その経済効果が発現するのは早くても15年後、実質的には20年以上先のことです。
一方で、2040年問題は目前に迫っています。団塊ジュニア世代が高齢者となり、生産年齢人口が急激に減少することで、社会保障費の増大と税収の激減が同時に発生する「シザーズ・クライシス」が到来します。
令和6年発表の「地方自治体『持続可能性』分析レポート」によれば、全国の相当数の自治体が「消滅可能性自治体」として分類されています。特に深刻なのは、東京都17自治体を含む21自治体が「ブラックホール型自治体」として、地方から若者を吸い寄せながら低出生率により国全体の人口減少を加速させている構造です。
青森市の第三セクターが負債32億円を抱えて特別清算に至った事例は、人口減少に伴う商圏縮小が「将来の予測」ではなく「現在の危機」であることを物語っています。
財政破綻やインフラ維持困難が顕在化するまでの猶予期間は、多くの地域で残り10〜15年程度。効果発現に20年を要する「自然増」のみに依存することは、戦略として成立しません。
これが「15年待てない」という現実の核心です。
定住人口1人=インバウンド旅行者8人という方程式
失われる定住人口の経済効果を、どう補うのか。ここで重要になるのが「交流人口」による代替戦略です。
観光庁のデータによれば、定住人口1人当たりの年間消費額は約125万円。この経済価値を旅行者の消費で代替するには、以下の人数が必要です。
- 訪日外国人旅行者(インバウンド):8.1人(1人1回当たり約15.4万円)
- 国内宿泊旅行者:25.1人(1人1回当たり約5.0万円)
- 国内日帰り旅行者:80.5人(1人1回当たり約1.6万円)
この「1:8:25:81」の法則は、地方創生の現場において極めて強力な指針となります。
例えば、年間1,000人の人口減少による経済的損失(約12.5億円)を補うには、インバウンド旅行者を年間約8,100人増加させればよい計算になります。1,000人の若者を都市部から呼び戻し定住させることの難易度と比較すれば、8,000人の外国人観光客を誘致する方が、政策的な実現可能性と即効性は遥かに高いのです。
青森ねぶた祭275億円の光と影
交流人口戦略の象徴的な成功例が大規模イベントです。2023年の青森ねぶた祭における経済波及効果は約275億円。これは約22,000人分の年間定住人口に匹敵する経済価値を、わずか数日間で創出しています。
同様に、ベガルタ仙台は約155億円、徳島ヴォルティスは約131億円の経済効果を生み出しており、地方におけるプロスポーツチームは年間を通じた交流人口の受け皿として機能しています。
しかし、物理的な移動を伴う消費モデルには深刻な脆弱性があります。
ねぶた祭期間中、青森市内の駐車場料金が1時間5,000円に設定され、一部の利用者には6万5,000円もの請求が発生しました。宿泊費も高騰し、「予約が取れない」という機会損失も発生しています。
同様の課題は、桜で有名な弘前市でも深刻です。弘前さくらまつり期間中、ホテルや旅館の予約が困難になり、観光客が宿泊先を確保できない事態が毎年発生しています。こうした状況に対応するため、弘前では民泊の活用が注目されています。空き家や古民家を活用した民泊は、ホテル不足を補うだけでなく、地域の歴史的建造物の保存や、より深い地域体験を提供する手段としても期待されています。
しかし、ここに「物理的交流人口」の限界があります。
- キャパシティの壁:ホテルや民泊が満室になれば、それ以上の消費を受け入れられない
- 季節性の壁:祭りの期間以外は閑散とし、投資回収が難しい
- 人手不足の壁:観光客をもてなすサービススタッフ自体が不足している
人口減少に伴い、宿泊施設、飲食店、交通機関などの供給能力も縮小しています。
9割が購入する「旅アト」市場という金鉱
次なる戦略として必要なのが、物理的な制約を受けない「商圏」の拡大、すなわちWeb商圏の確立です。
2024年のJTB総合研究所の調査が示した衝撃的なデータがあります。台湾および米国からの訪日旅行者の88.8%が帰国後に日本産品を購入しているというのです。
この数値が意味するのは、一度地域を訪れた観光客は、適切なアクセス手段さえ提供されれば、帰国後も継続的にその地域の産品を購入し続ける「優良顧客」になり得るということです。
旅行は「消費のゴール」ではなく、顧客生涯価値(LTV)の起点となる「サンプリング体験」と再定義されるべきです。この「旅アト市場」こそが、人口減少地域が獲得すべき、物理的制約のない新たなフロンティアなのです。
売上=認知の量×認知の質×認知の継続
私がWebマーケティングで大切にしている公式があります。
売上 = 認知の量 × 認知の質 × 認知の継続
この公式を地方創生に当てはめると、以下の戦略が見えてきます。
認知の量:交流人口の最大化とデジタル活用
交流人口を増やすイベントや観光施策を展開し、SNSやWeb広告で「そこに行く理由」を最大化します。ここでは「量」を優先し、まず多くの人に地域を知ってもらうことが重要です。
特に台湾市場は菓子類(77.1%)やその他食料品(61.5%)の購入率が高く、「実際に訪れた店や町のECサイト」を利用する傾向があります。観光客が旅行中に訪れた酒蔵や菓子店で、QRコードを通じて現地のECサイトへ誘導し、LINE公式アカウントでつながりを維持する。「あの時食べたあの味」を帰国後にリピート注文させる導線を敷くべきです。
一方、米国市場は伝統工芸品(45.0%)やキャラクターグッズ(39.9%)の比率が高く、Amazon USなどの大手プラットフォームを利用する傾向が強いため、流通網への浸透(B2B戦略)が重要になります。
認知の質:体験のコアを磨く
「質」とは必ずしも「豪華さ」を意味しません。特にイベント時には、「体験のコア(祭りそのもの)」以外のストレスを減らすことに注力すべきです。
決済のスムーズさ、案内の親切さといった「ノイズの削減」が、SNS時代における悪評の拡散を防ぎます。需要過多の際は確かに成約しますが、低品質な体験はSNSで瞬時に拡散され、リピート率を阻害します。
ハードルを下げるのではなく、ストレスを最小化することが重要です。
認知の継続:交流人口から関係人口へ
最も重要なのがこのフェーズです。一過性の観光客を、リピーターやWeb購入者に変える仕組みが必要です。
国内旅行においても、お土産を「必ず買う」人は5割に上り、平均予算は4,800円です。この「必ず買う」という行動特性をフックにしつつ、その商品を一度きりの購入で終わらせず、「お取り寄せ」という日常消費へ転換させることができれば、顧客単価(LTV)は飛躍的に向上します。
「重くて持ち帰れない」「生鮮品で日持ちしない」といった物理的制約のある商品は、その場で決済し後日配送する仕組みや、帰宅後にサブスクリプション(定期購入)を案内する仕組みと相性が良いのです。
コンテンツ輸出という第三の道
地域の文化資産そのものを商品化し、外へ売り出すことも有効です。
青森市では「地域ねぶた」を「囃子・跳人・ねぶたの3要素が揃ったコンパクトなパッケージ」として再定義し、市外・県外・海外のイベントへ派遣する取り組みが進んでいます。出張公演を見た観客に「本場の祭りを見たい」という動機付けを行い、出演料や関連グッズ販売による直接的な収益も得られます。
VR映像の配信、メタバース空間での祭り再現、熟練職人の技の動画販売など、デジタル技術を用いた「文化の輸出」は、関係人口の創出と資金獲得の両面で有効な戦略となります。
パラダイムシフト:行政から経営へ
ここまで論じてきた「交流人口の最大化」と「Web商圏の確立」を個々の事業者が単独で行うことは極めて困難です。越境ECの物流手配、多言語対応、デジタルマーケティング、データ分析などは、高度な専門性とスケールメリットが要求されます。
自治体は従来の「観光課」「商工課」の枠組みを超え、地域の産品や観光資源を統合的にマネジメントし、対外的に販売する「地域商社(DMO)」の機能を強化する必要があります。
特に重要なのがデータの蓄積と活用です。どの国から、どのような属性の人が来て、何を買い、帰国後にECで何を見ているか。これらを統合するCRM(顧客関係管理)システムが不可欠です。
生存のための戦略的転換
地方創生における必要なパラダイムシフトは明確です。
「人口」から「商圏」へ:住民基本台帳上の人口を増やすことは、短期・中期的には不可能に近い。しかし、デジタル技術を活用することで、地域の経済的な商圏(Web商圏)を世界中に拡張することは可能です。「住んでいる人」ではなく「買ってくれる人」を資産と定義し直すべきです。
「点」から「循環」へ:観光を「来て終わり」の点のイベントにするのではなく、来訪を起点とした継続的な購買・再来訪の循環へと設計し直す必要があります。インバウンド客の88.8%が帰国後購買を行うという事実は、この循環の太いパイプが存在することの証明です。
「行政」から「経営」へ:自治体運営は、税収分配型の行政モデルから、外貨獲得型の経営モデルへと脱皮しなければなりません。
唯一の生存戦略
地方創生の本質は、かつての人口規模を取り戻すことではありません。人口が減少しても、経済規模と住民の豊かさを維持できる強靭な構造へと、地域システムを書き換えることにあります。
「15年」というタイムリミットは、悠長な議論を許しません。今ある資産(観光資源、特産品)を、今いる顧客(交流人口)に対して、デジタルを駆使して最大限に売り込むこと。
「交流人口」と「Web商圏」という二つの翼を持つことこそが、2040年の崖を飛び越え、その先の未来へ着地するための唯一の生存戦略なのです。

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